自由な旅人ケイちゃんです。
遠い昔、子どもたちを産んでから、なぜか我が家には虫や小さな動物たちがやってくるようになった。
望んだわけでも、準備していたわけでもない。
でも振り返ると、命について考えさせられる出来事ばかりだった。
忘れられないのは、息子っちが3歳の頃。
幼稚園バスのバス停に、生まれたばかりの子猫たちが捨てられていた。
子どもたちは騒然。
バスが出発すると大人たちは「嫌だね」と言いながら帰っていった。
その背中を見送りながら、私は心の中で、
「あ、これ、私が引き受ける流れだな」と悟った。
人生には、そういう断れない役回りがある。
このままじゃ死んでしまう。
そう思って段ボールを取りに帰り、全員を家に連れて帰った。
でも、動物を飼ったこともなく、マンションは飼育禁止。
相談の末、保健所に連れて行った。
「この子たち、どうなりますか?」
そう聞いた私に返ってきた言葉は
「知らない方がいい」。
あとから知った事実。
私は自分の無知で、あの子たちを殺してしまった。
今でも胸が痛み、恥ずかしく、後悔している。
次は鳩のぴーちゃん。
雪の朝、娘っちがマフラーに包んで連れて帰ってきた。
道路に倒れていたという。
羽は折れ、息も絶え絶え。
とりあえず水、次はご飯。
私はバスに乗って天満屋(岡山の老舗デパート)へ向かった。
「私、今、人生で一番”鳩の為に本気”かもしれない」
そんなことを考えながら。
ぴーちゃんは少しずつ元気になり、
名前を呼ぶと嬉しそうにバタバタするようになった。
でも動物飼育禁止のマンション。
段ボールの中とはいえ、鳩を室内に置いておけない。
関白宣言(夫)と話し合いの結果、
「懐いてかわいい。でも飼えない」
という、至極まっとうで、でも切ない結論に。
調べて辿り着いた池田動物園。
※池田動物園は岡山県と協力して、怪我をした野生動物の保護活動をおこなっています。
「羽は切りますが、園内で飼育します」と言われ、ほっとした。
娘っちにも説明し、ぴーちゃんの幸せを一番に考えようと話した。
その後、息子っち持ち帰りのアオムシ事件。
これはアゲハの子どもで、柑橘系の葉っぱしか食べない。
私は毎日、自転車で片道30分、
葉っぱをむしる日々。
この頃の私は
「人間なのか、アオムシの下請けなのか」
分からなくなっていた。
でも、息子っちが成長を見守り、
羽化したアゲハが空へ飛び立つ姿は、今も宝物だ。
セミの幼虫もそう。
カーテンにしがみつき、
翌朝、真っ白な姿で羽化していた。
息子っちの見つめる瞳は、今も忘れられない。
最後はベランダで育った、ぴーちゃん2世。
鳩の糞、消毒、近隣への配慮。
正直、大変だった。
娘っちが呼ぶと肩に乗り、頭にも乗る。
私の心の中では
「かわいい」と「ノーサンキュー」が、せめぎ合っていた。
手洗いだけは、徹底した。
ある日、ぴーちゃん2世は大空へ飛び立ち、戻ってこなかった。
守れなかった命もある。
後悔も、反省も、今も消えない。
それでも、私は
小さな命から、命の重さを教えてもらった。
人間と動物が対立するのではなく、
共に生きられる世界。
殺処分のない未来。
理想かもしれない。
それでも、願うことは無駄じゃないと、今はそう思っている。
※AIのハル君作成
最後までお読みいただきありがとうございました。
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