自由な旅人ケイちゃんです。
先日、ブログ巡りをしたときのこと。
だるころ9216 (id:darucoro9216kun)さんのブログを読んでいたら、懐かしい匂いがふわっとよみがえった。
写真に映っていた”かまとうり”をみた瞬間、私の中で眠っていた、母の笑顔と”まくわうり”の記憶が、まるで箱から飛び出すみたいに開いたの。
まくわうり。

メロンみたいでメロンじゃない、あの微妙に甘くて優しい味。
母はいつも半分に切って、中の種をぜーんぶ取って、家族分に切り分けてくれた。
メロンなんて当時は超高級品。
だから私たちは「メロンだぁ~!」と目を輝かせて食べる。
そんな私たちを見ながら母はいつもニコニコ。
その表情を思い出すだけで、胸がじんわり温まる。
ただ、当時の私はこう思っていた。
「うち、超貧乏だからワガママ言っちゃいけない…」
ーーでもそれ、今なら分かる。
完全に母に騙されていた。笑
実際は、そこまで貧乏すぎるほどではなかった。
(母の「節約」演出レベルが高すぎたのだ。)
そんな我が家で一番の戦いは、父が結婚式の帰りに持って帰ってくれる
”本物のメロンとバターケーキの切れ端”
だった。
5人兄弟姉妹。
そりゃもう、あっちこっちで火花が散る。
けれど毎回、母は病弱だった双子の片割れっちにそっと譲る。
私は横でぷんぷん。
「また片割れっちかい!!」
ーーでも母の気持ちは、今ならわかる。
すこしずつでも食べて、すこしでも元気になってほしかったんだよね。
私と片割れっちは末っ子だったから、ほぼ何でもお下がり。
兄のお下がりの制服は、前合わせが逆で、色褪せてて、袖口は破れ気味。
昭和の子どもは強かった(そして諦めが早かった)。
色鉛筆だってハイパーお下がり。

友だちはピカピカの12色や24色を持っている中、
うちは”短い・薄い・すぐ折れる”の三拍子。
鉛筆も、あの懐かしい鉛筆ホルダー(短い鉛筆に延命処置するやつ)を使って、限界まで使い倒す。
匂いがする鉛筆が流行った時なんて、
「買って」なんて言う選択肢は、そもそも脳に無かった。
でも二人で10円ずつためて、やっと1本だけ買えた時は宝物だった。
私は普通に使って楽しんだ。
片割れっちはーー
「もったいなくて使えなくて、気づいたら匂いが消えてた」
……えっ。
でもめちゃくちゃ分かる(笑)
新しい服を買ってもらえたのは小3の時だけ。
当時流行っていたパンタロン!
それを履いた瞬間、私たちはスターになった。
(今思うと、脳の単純さに拍手を送りたい。)
そして大人になって気づいた。
うち、全然”超貧乏”じゃなかった。
なんなら父と母、すごかった。
だって子ども5人全員を県外の大学へ進学させたのだ。
公立1人、残り4人は、親不孝モンで私立。
父の「男女平等に教育を受けさせる」という考えのもと、節約に節約を重ねて私たちは進学させてもらった。
でも学生時代の私は、そんな両親の苦労なんて忘れ、遊びほうけていた。
ごめんね、父と母。
反省してます、いまさら。
93歳になった母は、昔はちょっとツンデレだったけど、年を重ねるごと穏やかで優しくなっていく(3分間ループの脳ですが)。
その笑顔を見るたびに思う。
あぁ、あの”まくわうり”の味みたいな母さんだなぁ…。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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