自由な旅人ケイちゃんです。
友だちが少ない私ですが「友だち」と心から呼べる大切な人が少しだけいます。
そのひとり、高校の同級生とは、普段なかなか会えないけれど、年に一度だけ約束している時間があります。
仕事帰りに待ち合わせて向かう先は日本橋玉ゐ。

穴子好きな私たちにとって、ちょっとしたご褒美のような場所です。
西日本出身の私たちは、子どもの頃からウナギより穴子に親しんできました。
煮ても焼いても美味しい穴子ですが、もし自分で選べるなら「焼き」。
香ばしい香りとパリッとした食感は、何度味わっても心が弾みます。
玉ゐでは、ふっくらと煮上げた穴子も、香ばしく焼き上げた穴子も選べるので毎度「焼き」。

年に一度、穴子をほおばりながらお互いの近況を報告し合うのが恒例行事。
気づけば昔話に花が咲いて、心が少しずつほどけていきます。


「△子の家、散らかってたけどね、あの雰囲気が好きだったんよ」
友人がふと口にした言葉に、私は思わず笑ってしまいました。
私の育った家は、正直散らかっていて友だちを呼ぶのが恥ずかしかったんです。
※置いたら置きっぱなし、どこに何があるか分からない…母は片付け下手でした。
でも友人にとっては、私の家は兄姉がたくさんいて、いつも賑やか。
ごちゃごちゃしていている空間が新鮮でその空気が羨ましかったと。
私は逆で「いつもきれいに片付いていて、お母さんが素敵な器に入ったおやつを出してくれるのが羨ましかった」と思っていたのに。
ないものねだり~ですね。
すいぶん前に父が亡くなったことを話したときのこと。
友人「父に、△子(私の名前)のお父さん亡くなったんよって話したらな」
友人がその時の思い出話をしてくれました。
「■■さん(父の苗字)本当にいい人だったって父が言うてたよ。うちの父が赤〇新聞の営業で会社を訪ねたとき、快く定期購読してくれてね」
赤〇新聞は、なかなか取ってくれる人が少ないもの。
けれど私の父は「娘の大切な友人のお父さんのお願いだから」と引き受けたんだそうです。
「△子のお父さんみたいな社長さんは、なかなかおらんとウチの父が言うとった」
※社長って書いてますが、超零細企業の経営者でとっても貧乏でした(笑)
「世間体を気にしないで新聞を定期購読ってできんよ」
そう言って友人は涙を流しながら話してくれました。
私はというと、父が厳格すぎて、家では怖い存在。
ほぼ口をきいたことなし。
仕事の話も一切しない父で、そんな一面を持っていたことなど想像もしなかった。
けれど、友人を通して初めて知った父の姿に、胸がじんわり温かくなったのを覚えています。
日本橋玉ゐでのひとときは、ただの食事ではありません。
美味しい穴子を味わいながら、友人との絆と確かめ、父の思いがけない一面を思い出す。
そんな時間が、私にとって大切な旅のように感じられる。

老舗の落ち着いた雰囲気の中でいただく穴子は格別で、大切な人との時間をさらに特別にしてくれます。
年に一度の「穴子旅」。
友と父と、そして穴子の香ばしさが、私の中でひとつにつながっています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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